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2023年 03月 16日
最初の予定では出産の2週間前に母と叔母にアメリカに来てもらい、出産時に家で子供たちを見てもらうつもりだった。 しかし、年末に父が体調不良で入院。その後回復したが、年明けに渡米してもらうのは申し訳ないと思い、来てもらわなくて大丈夫と伝え、アメリカにいる家族で出産、育児を頑張ることに決めた。 陣痛時には妻を病院に送り届けて、私は子供二人と待合室、または家で待ち、第三仔の出産を助産師さんや看護師さんに頑張ってもらう予定だった。 予定日より2週間ほど早い1月末、もしかしたら産まれそうかも…と妻が感じた頃のダラスは氷点下で、かつ雪が降って路面が凍結したため、現地校が次の日休みと発表されていた。 夕方にいよいよ病院に行った方がいいかもと思ったそうで、そもそも病院までそうやって行こうか…Uberを呼んで乗せてもらうか、スタッドレスタイヤを履いていないが自分の車で行けるかな…と考えながら、病院に行く準備を進める。 そのとき、子供たちは近所に住んでいる日本人家族の家にお泊りをお願いしてみてはどうか?と思いついた。 元々何かお手伝い出来ることがあればと言ってもらっていて、でも実際は難しいかなと思っていたが、明日は学校が休みなのでもしかしたらお願いできるかと… LINEで旦那さんに連絡したところ、了承してもらえた。 問題は子供たちは両親がいないなかでの初めてのお泊り。 先にお風呂に入ってパジャマを着て、寝るだけの準備をした。 悪天候の中恐る恐るエンジンブレーキを掛けながら、なんとか運転できた。 夜の8時頃無事送り届けた。 何度か家に遊びに行って仲良くさせてもらっていたので、すんなり家の中に入っていった。 いつも9時頃には寝てくれる子達でその時もすぐに寝たそうだ。 その後、妻を乗せてゆっくり運転しながら出産予定の病院へ向かい、無事到着することができた。 実は12月末に一度妻が出血し、出産予定の病院で診てもらったことがあった。 その時の出産時と同じ病棟に一度行っていたので、焦らずに着くことができた。 病室に入りその後子宮口を見てもらい、まだ開きが足りないとのことで、2時間ほど様子を見ることに。 私は簡易ソファーベットで寝たりして時間を過ごした。 その後、11時頃もう一度確認したところ開いてきたとのことで、無痛分娩の準備をすることになった。 詳しいことはよく分からないが0時頃に硬膜外麻酔を入れ始めた。麻酔の点滴をしたまま、安静にし、子宮口がさらに空くのを待つ。 待つといってもソファーベットで自分は寝ていた。妻も寝ていたらしい。 それから1〜2時間毎に確認をしていたと思う。朝の4時頃の確認で、じゃあこれから分娩をしようということになって、たくさんの人が病室にやってきた。 麻酔が入っていて感覚がないため、妻も力の入れ方が分からない模様。 助産師さんや看護師さんの合図とともに力を入れてみる。 私は…近くで声を掛けるくらいしかやれることがなかった。 日本では赤ちゃんが出てくる側はカバーされていてまず見ることが出来なかったが、アメリカでは頭が出てきたからこっちに来て見て、など出てくる様子を結構しっかり見ることが出来た。 赤ちゃんがどこまで出てきたかを妻に伝えたりして、あと少し!など声を掛けた。 そして…無事に出てきてくれて、すぐ鳴き声も聞こえた。 産まれたのは2月1日5時9分だった。 若干若干小さかったみたい。 予定日よりも2週間ほど早く出てきたからしかたない。 なんとハサミを渡された。どうやら自分がへその緒を切るらしい。 iPhoneを持っていたら撮影するからと言われ渡す。へその緒を切るところを撮影された。 その後、妻と赤ちゃんと自分で出産直後の記念撮影。 その後赤ちゃんは色々検査されている。若干黄疸気味のようだ。 その日は赤ちゃんはほとんど寝ていた。こんなに大人しいならなんとかやっていけそうだと思った。 妻は硬膜外麻酔の影響か少し熱があったので2、3日入院することになった。 お昼過ぎに子供を見てくれている家族の家に子供たちを迎えに行った。 そして無事に帰宅。結局その週はずっと学校は休みだったような…さすがアメリカ。 次の日もお見舞いに行ったが、次の日から赤ちゃんはよく泣くようになったようだ。 しかし、看護師さんがおくるみで包むと安心して泣き止んだ。 こんな技があったとは…!と驚いた。 金曜日に子供たちと病院に行き、妻と第三子の退院を迎えに行った。 そしてあれからひと月半経った。 今のところ、順調だと思う。 夜はおくるみに包んであげれば、背中スイッチも作動せずお腹が空くまで2〜3時間寝てくれる。 最初は妻と赤ちゃんは別室で寝ていたが、上の子供たち二人は赤ちゃんが泣き始めてもすぐには起きないので、今は同じ部屋で寝ている。 赤ちゃんが泣き始めたら別室に移動し、オムツを替えて、ミルクを飲ませて、またベビーベッドに置くとすぐ寝てくれる。 アメリカの育児休暇は短く、今回妻は6週間有給をプラスして休む予定にしていたが、身体の調子も良くなったとのことで出産から3週後くらいから半日ほど仕事に行き始めた。 そもそも産休も取っていなかったし、直前まで働いていたし… そして今週から本復帰となった。 これから大変になりそうだけど、今のところなんとかやっている。 妻がいるときは時々走りに行って気分転換をしている。 と、そんな近況報告でした。 名前はTAKUMAです。 長女:HIKARI(ひかり) 長男:KAZUMA(かずま) 次男:TAKUMA(たくま)
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| 2023-03-16 02:22
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